社会や産業の変化にともない、カスタマーハラスメント(カスハラ)が問題視されるようになりました。企業の信用失墜に加え、従業員の離職原因にもなり得るカスハラには、迅速かつ適切な対応が望まれます。 カスハラを放置することによる、企業の安全配慮義務違反も看過できません。
企業としてカスタマーハラスメントに適切な対応を講じるために、本記事では企業の対策方法や裁判事例などを解説します。
カスタマーハラスメントと社員を守る義務
企業や事業主は、労働契約を結んだ従業員に対して、労務環境において発生する危険から労働者を保護する配慮が求められています。企業は、快適な職場環境を実現し、従業員の安全と健康を確保する義務を負っています(労働契約法第五条、労働安全衛生法第三条)。
そのため、企業がカスタマーハラスメントに対して適切な対応をしていない場合、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性があります。
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは
カスタマーハラスメントとは、消費者という立場の優位性を利用して、企業に対して理不尽な要求や悪質なクレームを行う行為を指します。セクシャルハラスメントやパワーハラスメントと並ぶハラスメントの一種で、「カスハラ」と略されることもあります。
カスハラの事例
カスハラの具体例には、以下のような行為が挙げられます。
- 店員の些細なミスについて土下座を強要する
- 大声で暴言を吐く
- 理不尽なクレームで金品を要求する
- 「担当者を解雇しろ」「ネットに書き込む」などと脅す
カスハラが増加した背景
カスタマーハラスメントの発生件数の増加や深刻化が懸念される背景には、社会の変化や技術の進歩など、複数の要因が絡んでいます。以下では、カスハラ増加の主な原因について解説します。
企業ごとのサービス内容・品質の違い
同じ商品やサービスを扱っている企業でも、それぞれ価格やサービス内容に差が生じます。競合他社との差別化を図るために、どの企業においても「他社よりよいサービスを提供しよう」と創意工夫がなされています。
しかし、同様のサービスを提供する企業が増えるほど、「あの店は○○してくれるのにこの店は○○してくれない」という比較がなされる場面も増加します。これが行き過ぎると、「○○してくれるのが当たり前」と独自の基準を定めた顧客が理不尽なクレームをつけるようになり、カスタマーハラスメントを招くことになります。
インターネットやSNSの普及
インターネットやSNSの普及により、一般人の情報発信が容易になりました。誰もが簡単に商品やサービス、企業の評価を行い、不特定多数の人に共有できるようになったことで、消費者の知識レベルや要求レベルが高まっています。
この現象は行き過ぎた批評を生み、カスタマーハラスメント増加の一因となっています。また、匿名性を悪用した誹謗中傷も増加しているため、インターネットやSNSの普及がカスタマーハラスメントの増加に影響を与えていると考えられます。
カスハラとクレームの違い
カスタマーハラスメントとクレームを明確に区別することは難しいです。カスハラは、消費者が企業に対して理不尽な要求や悪質なクレームを行う行為を指します。対して、クレームは消費者が企業に対して、商品やサービスの改善を求めて返品交換や追加を求める行為です。
本来のクレームは、商品やサービスの向上を求めて行われるものであり、企業は積極的に受け止めるべきものです。しかし、クレームの程度や手段によっては、企業側の労働環境に悪影響を及ぼす可能性もあります。したがって、クレームが「悪質であるか否か」を判断することは非常に難しいと言えます。
これに対し、厚生労働省は「業界により顧客への対応方法・基準が異なるため、カスタマーハラスメントを定義することは難しい」としながらも、カスハラを以下のように定めています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
(引用:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」)
企業がとるべきカスハラの対策方法
カスタマーハラスメントを未然に防ぐことは難しいものの、事前に対策を講じることで被害を最小限に抑えることができます。カスハラに有効な対策は、主に以下の4点です。
- カスハラ対策マニュアルやフローの整備
- 従業員の教育や研修
- 相談窓口の設置
- 被害者のメンタルケア
カスハラによるマイナスの影響を未然に防ぐために、それぞれの対策方法を詳細に解説します。
対策1: カスハラ対策マニュアルやフローの整備
カスタマーハラスメントが発生した際の現場での初動が肝心です。そのため、あらかじめ「対応マニュアル」や「対応フロー」を整備し、現場に周知徹底させることが効果的です。対応方法や手順を言語化する際は、実際に発生したカスハラ事例を参考にしつつ、常に最新情報を盛り込むことがポイントです。
特に悪質なカスタマーハラスメントは、警察や弁護士などとの連携が必要になる場合もあるため、適切かつ迅速な対応ができるよう事前にシミュレーションしておきましょう。
対策2: 従業員の教育や研修
上記で作成したマニュアルやフローをもとに、従業員に対して定期的に研修の機会を設けましょう。研修は、以下のように階層を分けて実施することが効果的です。
- 顧客と接する従業員研修
- 現場の責任者研修
- エリアマネージャー研修
顧客への接客ポイントや対応方法、正当なクレームとの違いなどを日頃から教育しておくことで、実際にカスハラが発生した際に適切な行動を取ることができます。
対策3: 相談窓口の設置
カスタマーハラスメントを受けた従業員が相談できる窓口を整備します。気軽に専門職員に相談できる体制を構築することで、従業員の対応力向上や心理的負担の軽減につながります。
窓口は、カスハラを直接受けた従業員だけでなく、相談を受けた上司が利用することも想定して設置しましょう。必要に応じて、弁護士や産業カウンセラーなどの専門家に相談できる体制を整備することも効果的です。
対策4: 被害者のメンタルケア
カスタマーハラスメントは、対応した従業員に心理的ダメージを与えます。企業は従業員の安全と健康を確保し、快適な職場環境を実現する義務があるため、カスハラにより心身に支障をきたした従業員に適切な対応を講じることが求められます。
従業員へのカウンセリングや医療専門家への引継ぎなど、万全なメンタルヘルス対策を提供できる体制を整えることが大切です。
カスハラの裁判例
ここでは実際の裁判例から、企業に求められる対応策を探ります。
(参照:不当クレーム・カスハラ マネジメントコンシェルジュ 裁判例「スーパーマーケットに対する損害賠償請求事件」)
事件の概要
原告は、スーパーマーケットを訪れ買い物をしている際、棚の整理をしていた女性従業員Aの作業音が気になったため苦情を述べました。
さらに原告は、他の従業員Bに対し、従業員Aについての苦情を述べ、お客様相談室の連絡先を教えるよう求めました。
このことがきっかけとなり、原告と従業員Bが口論になりました。
原告が店舗内で禁止されている動画撮影を開始したことから、従業員Bはこれを阻止し「あなた自身が訳の分からないクレームを言ってきて営業妨害している、異常なことなんです。警察に行ってください、ちゃんと。」「あなたみたいな人が一人でも減ってくれることを私祈ってる、本当に。」などと発言しました。
裁判所の判断
従業員Bの原告に対する発言は、具体的な事実を適示するものではないものも含まれ、社会通念上許容される範囲を超えたものとして、原告の損害賠償請求を認める旨の判断を示しました。(東京地方裁判所 平成31年2月20日判決)
ポイント
本来被害者であるはずの企業側が、クレームの初期対応を誤ったために損害賠償義務を負うとされてしまった事例です。原告のクレーム内容は正当な要求として対応する必要のないものであったことから、従業員の「毅然としたクレーム対応」自体は誤りではありませんでした。
本件の対応の誤りは、従業員が感情的になり原告と口論してしまったことです。
この裁判例は、クレームへの対応策を確立し、マニュアルに沿った従業員研修を徹底することが重要であることを示しています。
まとめ
カスタマーハラスメントの件数は年々増加傾向にあるため、企業には早急な体制整備が求められています。すべてのカスハラを未然に防ぐことは困難であるため、発生した場合の対応策を整備することが重要です。
「従業員を守る」という姿勢を明確にしつつ、自社の方針に合わせて対策を進めましょう。