カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先からの著しい迷惑行為により、働く人の就業環境が害されることです。暴言や脅迫、長時間の拘束、土下座の強要、SNSでの誹謗中傷などが該当します。
2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法で、日本国内のすべての企業に防止のための対策が義務づけられます。何がカスタマーハラスメントに当たるのか、法律で何が求められるのか、発生時にどう動くのかを、この順にご説明します。
カスタマーハラスメントとは?
法律上のカスタマーハラスメントは、3つの要素をすべて満たす言動として定義されています。正当なクレームとの違いは、要求の内容と伝える手段の2つで判断します。
カスタマーハラスメントの3つの要素
改正労働施策総合推進法は、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)を、次の3つの要素をすべて満たす言動と定義しています(出典:厚生労働省「令和7年の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)等の一部改正について」2025年)。
- 顧客、取引の相手方、施設の利用者など、事業に関係する人の言動であること
- 社会通念上許容される範囲を超えていること
- 労働者の就業環境が害されること
注意したいのは、対象が消費者に限らない点です。取引先の担当者からの無理な要求も、要素を満たせばカスハラに該当します。BtoCの店舗やコールセンターだけの問題として捉えると、対策の範囲を見誤ります。
言動の場面も、対面に限りません。電話、メール、SNSを通じた言動も対象です。顔が見えないチャネルでは言葉が過激になりやすく、コールセンターやチャットサポートの現場は、むしろ発生の中心です。

カスタマーハラスメントと正当なクレームの違い
両者を分ける基準は、「要求の内容」と「伝える手段」の2つです。この2つの妥当性で判断する考え方が、指針でも示されています(出典:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」2022年)。
| 正当なクレーム | カスタマーハラスメント | |
|---|---|---|
| 要求の内容 | 商品・サービスの事実に基づく | 根拠がない、または過剰 |
| 伝える手段 | 社会通念の範囲内 | 暴言・脅迫・長時間の拘束など |
| 目的 | 問題の解決 | 従業員への攻撃、要求の押し通し |
たとえば「届いた商品が壊れていたので交換してほしい」という要求は、正当なクレームです。同じ要求でも、電話口で怒鳴り続けて担当者を数時間拘束すれば、手段が社会通念上の範囲を超え、カスハラに該当します。内容が正当でも、手段によってカスハラになります。
ただし、正当なクレームまで拒んではいけません。指摘や苦情は、商品やサービスを改善する貴重な情報源です。カスハラ対策の目的は、従業員が安全に働ける環境と、お客様の声を受け取り続けられる健全な関係の両方を保つことにあります。
カスタマーハラスメントの主なタイプと特徴
カスハラの行為は、大きく「精神的な攻撃」「過剰な要求」「拘束」「性的な言動」「攻撃の場の拡大」の5タイプに分けられます。国の実態調査では、企業が実際に受けた行為として「継続的・執拗な言動」「威圧的な言動」「精神的な攻撃」が上位に挙がっています(出典:厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」令和5年度)。

タイプ1:精神的な攻撃(暴言・威圧・侮辱)
怒鳴る、「バカ」「無能」と人格を否定する、「土下座しろ」と屈辱的な行為を要求する、といった言動です。5タイプの中で最も発生件数が多く、電話・対面を問わず起きます。国の検討会が企業から聞き取った事例集には、サポートデスクへの「殺すぞ」という脅迫、「あたまわるいうえに性格悪い」という人格否定の実例が収められています(出典:厚生労働省 雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会「カスタマーハラスメント事例集」2024年)。
このタイプの特徴は、最初から攻撃として始まるとは限らない点です。商品の不具合への正当な指摘が、対応のもたつきをきっかけに、担当者個人への攻撃に変わっていきます。矛先が「商品」から「人」に移った時点が、クレームとカスハラの分岐です。
タイプ2:過剰な要求(金銭・特別待遇の強要)
規定を超える返金や慰謝料、「誠意を見せろ」という不明確な要求、無料での追加サービスの強要などです。要求の根拠が商品・サービスの事実から離れているため、応じても解決に至らず、次の要求を招きます。
先ほどの事例集には、20年前に購入した商品の無償修理を2日間の執拗な電話で要求された例や、時計の修理対応に納得しない顧客から4日間深夜まで謝罪を強要され、対応した従業員がその後も売場に出ることに恐怖を感じ続けた例が収められています。過剰な要求に例外対応で応じても解決には至らず、従業員の被害が深まるだけです。会社としての基準を事前に決めておく必要があります。担当者個人の判断に委ねてはいけません。
タイプ3:拘束(長時間の電話・居座り・執拗な繰り返し)
何時間も電話を切らせない、店舗や事務所に居座る、同じ内容の問い合わせを毎日繰り返す、といった行為です。1回ごとの言動は穏やかでも、継続性・執拗性が認められればカスハラに該当します(出典:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令和8年厚生労働省告示第51号)。プリペイドカードの返金を求めて2時間30分にわたり「店長を出せ」と詰め続け、翌日も店舗と本社の両方に同じ要求を繰り返した例が、実際に報告されています。
このタイプは、対応した時間がそのまま他のお客様への対応時間を奪う点で、被害が担当者にとどまりません。1人のオペレーターが2時間拘束されれば、その間に受けられたはずの数十件の問い合わせが待たされます。
タイプ4:性的な言動(発言・接触・つきまとい)
応対する従業員への性的な発言、身体への接触、連絡先の要求やつきまといです。先ほどの事例集では、業種を問わず報告されています。サポートデスクの電話越しに「下の名前も教えて」と迫る、店舗で従業員の手を触り携帯電話の番号を執拗に聞く、訪問先で待ち伏せして時間外に会うことを強要する、といった実例です。
このタイプが他と異なるのは、商品・サービスへの不満が出発点ですらないことです。怒りの増幅という経路を通らないため、応対の丁寧さでは防げません。対応を打ち切る基準と、担当の交代・複数名対応に切り替える手順を、あらかじめ決めておく必要があります。
深刻なのは、被害が相談された後の組織の側の対応です。事例集には、介護の現場で身体への接触を上司に報告した介護士が、「だまって受け入れれば落ち着く」と返された例が収められています。これは、お客様によるカスハラに、組織が加担した状態です。相談を受けた側の対応を誤れば、従業員が失うのは安全だけではありません。会社への信頼を失い、離職に直結します。
タイプ5:攻撃の場の拡大(SNSでの晒し・ネット上の誹謗中傷)
従業員の名札を撮影してSNSに投稿する、店舗でのやり取りを一方的に切り取って動画で拡散する、といった行為です。職場の外に攻撃の場が広がるため、被害の範囲と期間を企業側で制御できません。
従業員が名札から特定されて攻撃対象になる事態を防ぐため、名札をイニシャルやニックネームの表示に変更する企業や自治体が増えています(出典:政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容」2025年)。
5つのタイプまとめ
| タイプ | 主な行為 | 特徴 |
|---|---|---|
| 精神的な攻撃 | 暴言、威圧、人格否定 | 発生件数が最多。矛先が商品から人へ移る |
| 過剰な要求 | 規定外の返金、特別待遇の強要 | 応じても解決せず、次の要求を招く |
| 拘束 | 長時間の電話、居座り、執拗な繰り返し | 穏やかな言動でも継続性で該当する |
| 性的な言動 | 性的な発言、接触、連絡先の要求 | 不満が出発点でないため、応対の質では防げない |
| 攻撃の場の拡大 | SNS投稿、動画の拡散 | 被害の範囲と期間を制御できない |
サポートチャネル別の発生傾向
カスハラの起きやすいタイプは、問い合わせチャネルによって傾向が分かれます。声や対面で感情が伝わるチャネルは攻撃・拘束型に、匿名性の高いチャネルは拡散型に寄ります。
| チャネル | 起きやすいタイプ | 背景 |
|---|---|---|
| 電話 | 精神的な攻撃、拘束 | 顔が見えず言葉が過激になる。切りにくい |
| 対面(店舗・窓口) | 精神的な攻撃、居座り、性的な言動 | その場の感情が直接ぶつかる。他のお客様の目がある |
| メール・フォーム | 過剰な要求 | 記録が残る分、暴言よりも要求のエスカレートに向かう |
| チャット | 精神的な攻撃 | 即時応答への期待が高く、待たされると攻撃に転じる |
| SNS・レビュー | 攻撃の場の拡大 | 匿名性が高く、企業側で削除・制御できない |
介護・医療・修理など、従業員がお客様の生活圏に入って応対する訪問系の業種では、性的な言動の被害が深刻になりやすい点にも注意が必要です。訪問先では従業員が一人で、逃げ場のない空間で応対するためです。
対策を検討する際は、自社の問い合わせチャネルとこの傾向を照らし合わせて、優先順位を決めてください。電話が中心の会社と、SNSでの接点が多い会社では、先に手を打つべき場所が違います。
カスタマーハラスメントが生まれるメカニズム
カスハラの多くは、普段は穏やかな人が、期待とのズレと対応プロセスでの摩擦が重なった結果として起こします。メカニズムを理解すると、対策の焦点が「危険な人を見分けること」から「怒りを増幅させる要因を減らすこと」に変わります。なお、性的な言動によるカスハラは、この章で扱う怒りの増幅とは別の経路で起こります。この章では、発生件数の多い攻撃・要求・拘束型を対象にします。
なぜお客様は怒るのか?
怒りの出発点は、期待と実際のズレです。「お金を払ったのだから動いて当然」「すぐつながって当然」という期待があり、その期待が裏切られたとき、落胆や不満が生まれます。心理学では、目標の達成を妨げられたときに人は攻撃的な行動に向かう、という理論が古くから知られています(出典:Dollard, Doob, Miller, Mowrer & Sears「Frustration and Aggression」1939年)。「商品を使いたい」「早く解決したい」という目標が妨げられた状態、つまり「困っている」状態は、攻撃行動の一歩手前にあります。

商品が壊れた、サービスが使えない、という時点では、お客様はまだ「困っている」段階です。困っている人を怒らせるのは、その後の対応プロセスです。問い合わせ窓口が見つからない。電話がつながらない。やっとつながったら、たらい回しにされて同じ説明を3回させられる。問題を訴えているのに、まず「規約上できません」と否定から入られる。困りごとを抱えたお客様にとって、この一つひとつが「軽く扱われた」という感覚を強めていきます。
つまり、怒りには2つの層があります。商品・サービスへの不満という1層目と、対応プロセスで「尊重されなかった」という2層目です。カスハラに発展する怒りの多くは、2層目で増幅されています。1層目だけなら、交換や返金で解決する正当なクレームで終わるはずだったものが、2層目の摩擦を経て、担当者個人への攻撃に変わります。
この構造は、調査データでも裏づけられています。1976年から続く米国の顧客の怒りに関する調査の2025年版では、米国の消費者の77%が過去1年以内に商品・サービスの問題を経験し、そのうち64%が問題への対応の過程で強い怒りを感じたと回答しています(出典:Arizona State University W. P. Carey School of Business/CCMC「National Customer Rage Survey」2025年)。調査の責任者は、怒りを鎮めるために顧客が求めているのは謝罪と傾聴であり、費用のかからないその行為を多くの企業が省いている、と指摘しています。問題の発生そのものより、その後の扱われ方が怒りを増幅させるという構図は、日米で変わりません。
怒りを増幅させる4つの摩擦
対応プロセスの中で、怒りを増幅させる典型的な摩擦は次の4つです。
1. 待たされる
電話が何分もつながらない、メールの返信が数日来ない、という状態です。待っている間、お客様の中では「無視されている」という解釈が強まっていきます。つながった瞬間に怒りが噴き出すのは、待ち時間の分だけ感情が蓄積しているためです。
2. 同じ説明を繰り返させられる
窓口をまたぐたびに、名前・契約内容・経緯を最初から説明させられる状態です。お客様から見れば、会社に伝えた情報が社内で共有されていない、つまり自分の訴えが記録すらされていない、と映ります。
3. 責任の所在が示されない
「担当部署に確認します」「私では分かりかねます」が続き、誰がいつまでに解決するのかが見えない状態です。解決の見通しが立たないことは、待ち時間そのものよりもお客様を消耗させます。
4. 否定から入られる
事情を聞き終える前に「できません」「規約です」と結論を返される状態です。要求が通らないこと自体より、聞いてもらえなかったことへの反発が、攻撃的な言動の引き金になります。
この4つに共通するのは、どれも企業側の体制で減らせるという点です。お客様の性格は変えられませんが、待ち時間・情報共有・責任の明示・傾聴の順序は、仕組みで変えられます。
「言っても許される」と思わせる社会的背景
摩擦だけでは、カスハラの説明として不十分です。同じ摩擦を経験しても、一線を越える人と越えない人がいます。その差を分けている要因のひとつが、「客の立場なら強く言っても許される」という意識です。
日本では「お客様は神様」という言葉に象徴される過剰なサービス文化が長く続き、顧客と従業員の関係が対等ではない前提が広く共有されてきました。サービス業の労働組合が2024年に実施した約3万3千人規模の調査では、働く人の46.8%が、直近2年以内にカスハラ被害を経験したと回答しています(出典:UAゼンセン「カスタマー・ハラスメント対策アンケート調査」2024年)。半数近くという数字は、特殊な加害者の問題として片づけられる規模を超えています。
2026年10月施行の改正労働施策総合推進法は、この前提そのものを見直す転換点です。法律が「顧客の言動にも社会通念上の限度がある」と明文化したことで、企業は毅然とした対応の根拠を持てるようになりました。
2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法で義務化されること
2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法により、カスハラ防止のための雇用管理上の措置が、すべての事業主の法的義務になります。従業員を1人でも雇用していれば対象で、企業規模による猶予期間はありません。中小企業も、施行日から同じ義務を負います。
法改正の経緯と位置づけ
労働施策総合推進法は、2022年4月にパワーハラスメント防止措置を全企業に義務づけた法律です。2025年6月の改正で、カスハラが同じ枠組みに加わりました。改正法は2025年6月11日に公布され、企業が講ずべき措置の具体的な内容は、2026年2月26日に公布された指針で示されています。
パワハラ対策と同じ枠組みであることには、実務上の利点があります。パワハラ対策で設置した相談窓口や就業規則の規定を土台に、対象をカスハラへ広げる形で対応できるためです。ゼロから作る必要はありません。
事業主が講ずべき措置と実務での進め方
指針で示された措置は、大きく4つに分けられます。それぞれ、指針が求める内容と、中小規模のCS・運営チームでの進め方をセットで示します。
1. 方針の明確化と周知・啓発
カスハラを容認しない方針を会社として示し、従業員に周知することが求められます。
実務では、方針を3つの場所に書きます。①就業規則(カスハラを容認しないこと、発生時に会社が対応することの2点を規定に加える)、②社内向けの対応方針書(判断基準・手順とセットにした1枚もの)、③社外向けの告知(自社サイトのサポートページや問い合わせフォームの冒頭に、「暴言・威圧的な言動には対応をお断りする場合があります」と明記する)です。
2. 相談体制の設置
従業員がカスハラについて相談できる窓口の設置と周知が求められます。パワハラ対策で設置済みの窓口に、カスハラを対象として加える形で構いません。被害が実際に発生した場合に限らず、発生のおそれがある段階や、判断に迷う段階でも相談できる体制が求められます。
実務で差が出るのは、窓口の設置そのものより「相談していい基準」の伝え方です。カスハラに当たるか確信が持てないまま、従業員が一人で抱え込んでしまうと、窓口は機能しません。「判断に迷った時点で相談してよい。むしろ迷ったら相談する」と、方針書と研修で明示してください。専任の担当を置けない規模の会社なら、CS責任者と人事担当の2名を窓口に指名し、どちらにも相談できる形にします。1名だけだと、その人が加害対応の当事者になった場合に窓口が機能しません。
3. 発生後の迅速かつ適切な対応
事実関係の速やかな確認、被害を受けた従業員への配慮、再発防止が求められます。
実務の要点は、事実確認を記録で行える状態を事前に作っておくことです。電話の録音、チャット・メールのログ、対面での複数名対応を平時から仕組みにしておけば、発生後に「言った・言わない」の確認で従業員を疲弊させずに済みます。従業員への配慮は、担当の変更が代表例ですが、それだけでは足りません。当該のお客様への対応を本人に続けさせない判断を、本人の申し出を待たずに会社側から行うことで、従業員を「自分から言い出しにくい」という負担から解放できます。
4. プライバシー保護と不利益取り扱いの禁止
相談者のプライバシーを守ること、相談を理由に不利益な取り扱いをしないことの周知が求められます。
実務では、これを「書いて終わり」にしないでください。相談した従業員の名前が、対応の過程で加害側のお客様に伝わる事故が典型的なリスクです。相談記録の閲覧範囲と、お客様への回答時に従業員名を出さないルールを、対応手順に組み込みます。

違反した場合どうなるか
刑事罰はありません。ただし、措置義務に違反した事業主は、厚生労働大臣による報告徴求、助言、指導、勧告の対象になり、勧告に従わない場合は企業名が公表されます。
罰金がないから軽い義務だ、とは考えないでください。企業名の公表は、採用活動と取引先からの信頼に直接影響します。人手不足が続く業界では、「従業員を守らない会社」という評価が広まること自体が、罰金より重い損失になります。
施行日までに準備すること
準備は、次の3点から着手してください。
- 就業規則の改定:カスハラを容認しない方針と、発生時の対応の根拠規定を加える
- 相談窓口の設置と周知:既存のハラスメント窓口がある場合は、カスハラを対象に含めることを明文化して従業員に知らせる
- 対応手順の文書化:現場が判断に迷わないよう、エスカレーションの基準と手順を決めておく
3点目の対応手順は、実際のカスハラ発生時に最も差が出る部分です。
カスタマーハラスメントが発生したときのエスカレーションと対応手順
カスハラへの対応は、担当者個人の判断に委ねず、組織の手順として動かします。手順は大きく4段階です。①一次対応(傾聴と事実確認)、②判断(クレームかカスハラかの見極め)、③エスカレーション(上位者への引き継ぎ)、④組織対応(打ち切り・公的窓口への相談)。4段階のどこで誰が判断するかを事前に決めておけば、判断の負担が担当者一人に集中しません。

ステップ1:一次対応(傾聴と事実確認)
最初の応対では、カスハラかどうかをまだ判断しません。お客様の話を遮らずに聞き、何に困っているのか、事実として何が起きたのかを確認します。
この段階の傾聴には、2つの意味があります。1つは、正当なクレームの解決に必要な情報を集めること。もう1つは、前の章で述べた「聞いてもらえなかった」という怒りの増幅要因を作らないことです。先ほどの米国の調査でも、お客様が求めているのは謝罪と傾聴だと指摘されていました。事情を聞き終える前に「できません」と返さない。この原則が、怒りの増幅を防ぐ最初の手立てになります。
あわせて、記録を取ります。電話なら録音、対面なら日時・言動のメモです。録音は後の事実確認に使えます。加えて、「録音させていただきます」という一言自体が、過激な言動の抑止になります。
ステップ2:判断(クレームかカスハラかの見極め)
一次対応の中で、冒頭の章で示した2つの基準(要求の内容・伝える手段)に照らして判断します。現場が迷わないよう、判断の目安を具体的な言動レベルで決めておきます。
- 要求内容は正当だが、口調が強い → クレームとして対応を続ける
- 大声・威嚇・人格否定が始まった → その時点でカスハラ対応に切り替える
- 同一内容の要求が繰り返される(回数の基準は自社で決めておく) → 上位者へ引き継ぐ
- 暴力・脅迫・「SNSに晒す」という予告 → 即座に組織対応へ
境界の判断を一次対応者にさせないことが重要です。「迷ったらエスカレーション」を原則にし、判断の責任を担当者個人から外します。
ステップ3:エスカレーション(上位者への引き継ぎ)
カスハラと判断した場合、または判断に迷う場合、上位者(SV・責任者)に引き継ぎます。引き継ぎの際は、次の3点を短く伝えます。
- 事実(何が起きたか。お客様の要求と言動)
- 経緯(これまでの対応内容)
- 現在の状態(お客様の状態、担当者自身の状態)
エスカレーションを機能させる鍵は、担当者が「引き継ぐこと=自分の力不足」と感じない文化です。引き継ぎの基準を明文化するのは、担当者を評価から切り離すためでもあります。基準に該当したから引き継ぐ、という形式であれば、担当者は自分を責めずに済みます。
また、一人で対応させない原則を徹底します。長時間化した電話は途中から複数名で聞く、対面は2名で応じる、という体制が、指針でも対応例として示されています。
ステップ4:組織対応(打ち切り・公的窓口への相談)
上位者が改めて要求と言動を確認し、カスハラと判断した場合は、会社として対応を打ち切ります。「これ以上のご対応はいたしかねます」と明確に伝え、電話であれば切ってよい、というところまで、権限を事前に決めておきます。打ち切り・通報・法的措置まで進む可能性があることは、就業規則と対応方針書にあらかじめ明記しておきます。根拠規定がないまま対応を打ち切ると、担当者個人の判断だったと突かれる余地を残します。
社内の対応だけで抱え込まず、行為の内容に応じて公的な窓口へ相談・通報します。どの行為をどこへつなぐかは、対応方針書に相談先の連絡先とセットで載せておき、発生時に調べる手間をなくします。
| 行為の内容 | 相談・通報先 | 連絡先・受付時間 |
|---|---|---|
| 暴行・傷害・脅迫・居座り(緊急時) | 警察 | 110番(24時間) |
| 緊急ではないが警察に相談したい言動 | 警察相談専用電話 | #9110(平日8:30〜17:15が基本。受付体制は都道府県警察により異なる) |
| 法的措置の検討・相談先が分からない | 法テラス・サポートダイヤル | 0570-078374(平日9:00〜21:00、土曜9:00〜17:00) |
| 労使間の紛争・措置義務に関する相談 | 総合労働相談コーナー(都道府県労働局) | 全国378か所。最寄りの窓口は厚生労働省サイトで確認 |
| 被害を受けた従業員の心身の不調 | 産業医、こころの耳(厚生労働省) | 働く人のメンタルヘルス専用サイト。電話・SNS・メールで相談できる |
#9110は、緊急対応が必要ではないものの警察に相談したい場面で使える全国共通の窓口です。「警察に相談した」という事実そのものが、悪質な相手への抑止として働きます。
顧問弁護士がいる会社は、法的措置の検討はまず顧問に相談してください。また、改正労働施策総合推進法では、カスハラに関する労使間の紛争について、都道府県労働局による調停の仕組みも設けられています。
手順の全体像
| 段階 | 対応者 | すること | 判断基準 |
|---|---|---|---|
| ①一次対応 | 担当者 | 傾聴・事実確認・記録 | まだ判断しない |
| ②判断 | 担当者 | 目安に照らして見極め | 迷ったら引き継ぐ |
| ③エスカレーション | 上位者 | 事実・経緯・状態の引き継ぎを受ける | 基準該当で自動的に |
| ④組織対応 | 責任者・会社 | 打ち切り・公的窓口への相談・法的措置 | 権限を事前に規定 |
現場で使えるカスタマーハラスメント対応の実務ポイント
前の章の手順を実際に動かすには、担当者が現場で使える具体的な技術が必要です。この章では、一次対応の場面で効く5つのポイントをご説明します。いずれも、お客様との対立をあおらず、担当者を消耗させないための技術です。

ポイント1:最初の3分は解決策を出さずに聞く
応対の冒頭で解決策や規約を持ち出すと、「聞く前に断られた」という反発を招きます。最初は、お客様が何に困り、何を求めているのかを聞き取ることに徹します。「さようでございましたか」「お手数をおかけしました」と受け止めの言葉を返しながら、事実を確認します。
聞き取った内容は、要約して返します。「◯◯という状況で、△△をご希望ということですね」と確認できれば、お客様は「伝わった」と感じ、感情の温度が一段下がります。前の章で触れた米国の調査が示すとおり、お客様が求めているものには、問題の解決と同じくらい、話を聞かれることが含まれています。
ポイント2:謝罪の範囲を区切る
不快な思いをさせたことへの謝罪と、要求を認める謝罪は別です。「ご不便をおかけして申し訳ございません」は前者で、事実確認が済んでいない段階でも使えます。要求の妥当性が確認できていない段階で「弊社の責任です」と認めると、過剰な要求の根拠に使われます。
謝罪を出し惜しみする必要はありません。区切りさえ意識すれば、早い段階での謝罪はむしろ怒りの増幅を防ぎます。
ポイント3:できること・できないことを事実で示す
要求に応じられない場合は、「できません」で止めず、できることをセットで示します。「返金は規定上いたしかねますが、無償の交換品を本日発送できます」という形です。選択肢が示されると、お客様の意識は「拒否された」から「どちらを選ぶか」に移ります。
このとき、理由の説明は1つに絞ります。複数の理由を並べると、お客様は最も弱い理由に反論を集中させ、議論が長期化します。
ポイント4:主語を「私」から「会社」に切り替える
カスハラの兆候が見えたら、応答の主語を変えます。「私では判断いたしかねます」ではなく「弊社の規定でお受けできません」と、会社を主語にした断り方に切り替えます。攻撃の対象を個人から組織に移すためです。
担当者個人の名前で対応を続けるほど、「お前が何とかしろ」という個人攻撃を受けやすくなります。組織を主語にした定型の言い回しを、対応方針書にあらかじめ載せておき、誰でも同じ言葉で断れる状態にしておきます。
ポイント5:終了の宣言は予告してから実行する
対応を打ち切る場合は、いきなり切らず、予告を挟みます。「これ以上大きな声を出される場合は、対応を終了させていただきます」と伝え、それでも続くなら「それでは対応を終了いたします」と宣言して切ります。
予告には2つの働きがあります。1つは、お客様に言動を改める機会を与えること。もう1つは、録音に「予告のうえで終了した」という経緯を残し、後から対応の正当性を示せるようにすることです。
5つのポイントの整理
| ポイント | 場面 | 要点 |
|---|---|---|
| 解決策を出さずに聞く | 応対の冒頭 | 要約して返し、「伝わった」を作る |
| 謝罪の範囲を区切る | 事実確認の前 | 不快への謝罪と責任の承認を分ける |
| できることを事実で示す | 要求を断るとき | 選択肢の提示に変え、理由は1つに絞る |
| 主語を会社に切り替える | カスハラの兆候時 | 攻撃の対象を個人から組織へ移す |
| 予告してから終了する | 打ち切り時 | 改める機会と、正当性の記録を残す |
カスタマーハラスメントを最小化する仕組み
対応手順と応対技術は、起きたカスハラへの備えです。あわせて取り組みたいのが、カスハラが生まれる接点そのものを減らす設計です。怒りを増幅させる4つの摩擦(待たされる・同じ説明の繰り返し・責任の所在が不明・否定から入られる)は、いずれも問い合わせの仕組みで減らせます。

自己解決の導線で「待たされる」をなくす
摩擦の第一は待ち時間でした。FAQサイトがあれば、お客様は電話がつながるのを待たずに、夜でも休日でも、自分で答えを見つけられます。AIチャットボットを併用すれば、質問を入力した瞬間に回答が返ります。
自己解決には、カスハラ対策として見過ごせない特性があります。人と人が接触しないため、そもそも攻撃の対象が存在しないことです。FAQサイトの記事に怒鳴る人はいません。電話でオペレーターにつながる前に問題が解決していれば、待ち時間で蓄積した怒りがぶつけられる場面ごと消えます。
ただし、条件があります。FAQの情報が古い、検索しても見つからない、という状態では、自己解決の試みが失敗体験に変わり、かえって怒りを強めた状態で電話がかかってきます。FAQサイトは公開して終わりにせず、問い合わせの傾向に合わせて記事を追加・更新し続けることが前提です。
テキストの窓口で感情の衝突を減らす
問い合わせフォームやメールなどのテキストの窓口には、電話とは違う特性があります。お客様が要件を文章にする過程で状況が整理されること、そして記録が残る前提のやり取りでは、一般に言動が抑制されやすいことです。
事業者側にも利点があります。問い合わせ内容が最初からテキストで届くため、応対する前に、何が起きているのか、どの部署が答えるべきかを把握できます。電話のように、事情が分からないまま最初の怒声を受け止める場面がありません。
複雑な問題だけを人に渡す
FAQサイトとチャットボットで定型的な質問が自己解決されると、人が対応すべき問い合わせは、複雑で個別性の高い問題に絞られます。この絞り込まれた問い合わせを、チケットとして管理し、内容に応じて適切な担当者へ割り振る流れを作ると、怒りのメカニズムの章で挙げた残りの摩擦も同時に減らせます。
チケットには経緯が記録されるため、担当が替わってもお客様に同じ説明をさせません。担当者が明示されるため、責任の所在も見えます。「誰に聞けばいいのか分からないまま、たらい回しにされる」という、怒りを増幅させる典型的な経路を断てます。
こうした流れは、AIカスタマーサポートシステム「ヘルプドッグ」のような、FAQサイト・AIチャットボット・フォーム・メール問い合わせ管理を一体で提供するツールを使うと、個別のツールを組み合わせずに作れます。無料で使えるものから始めて、自社の問い合わせ量に合うかを確かめる進め方が現実に即しています。
仕組みで減らせるもの、減らせないもの
誤解のないように書いておくと、仕組みを整えてもカスハラはゼロになりません。最初から攻撃を目的とした言動や、過剰な要求そのものは、接点の設計では防げません。だからこそ、対応手順と応対技術が必要です。
仕組みが担うのは、「本来は正当なクレームで終わるはずだった怒りを、カスハラに変えない」領域です。待たせない、繰り返させない、たらい回しにしない。この設計だけで、対人チャネルに到達する怒りの総量は変わります。
まとめ
カスタマーハラスメントは、2026年10月1日から、日本国内のすべての企業が防止措置を義務づけられる労働問題になりました。対応手順と応対技術で従業員を守りながら、怒りが生まれる接点そのものを減らす。この両輪が、これからのカスタマーサポートの前提になります。
最後に、私がCSコンサルタントとして企業を支援するなかで実感していることを書きます。
どのお客様がカスハラに転じるかを、事前に見極めることはできません。応対の記録や購買履歴をどれだけ集めても、その日のお客様の事情までは分かりません。穏やかだったお客様が、こちらの応対のもたつきをきっかけに豹変することもあります。「危険なお客様を見分けて備える」という発想は、現場では機能しないのです。
見極めができない以上、打ち手は接点の設計に置くべきだと私は考えています。FAQサイトやチャットボットで自己解決を促し、そこで解決しない複雑な問題だけを選り分けて、チケットとして担当者に引き継ぐ。この流れができると、人が向き合う問い合わせは「内容が事前に分かっていて、準備して臨めるもの」に絞られます。事情の分からない怒りを最前線で受け止め続ける状態と、問題点が整理された状態で応対に入れる状態。従業員にとってどちらが安全かは、比べるまでもありません。
カスハラ対策の義務化を、規則と窓口を用意して終わる仕事にしないでください。従業員が安心して働ける接点の設計は、待たされない・繰り返させない・たらい回しにされないという、お客様にとっての快適さと同じものです。従業員を守る投資は、顧客体験への投資と重なります。法改正は、その設計を始める区切りとして使えるはずです。